足りないのはお医者さん?

はてな::メディカルにご参加いただいている医学教育振興センター(medu)が,興味ある活動をされているらしい。
当面の医師確保対策(案)について
http://blog.medu.jp/2006/05/post_92.html
ネット上でもいろいろな観点から活発なディスカッションが行われているし,上記ブログの内容も多岐にわたるが,ここではちりん先生が指摘された

医学部を5年にしても医師確保にならないことを示す。年に100人新たな医師が誕生し、高齢などで年に100人ずつやめていく、4000人の医師集団(100人×40年)を想定する。改正された初年度は、5年生と6年生の2学年分の200人が医師になり、その集団は4100人になり、確かに医師数は増加する。翌年、5年生100人が医師になり、これは改正前と変わらないため、医師数は4100人のままである。次の年も、その次の年も、4100人のままである。

当面と言うのは、この100人のことなのだろうか。同じ論理で医学部を4年にしたところで、現在との差分である200人が(前借りする構図で)1回だけ増えて、それ以後医師数は全く変わらない。ちなみに40年か41年経つと、医師数は4000人に戻る。

という問題について考えてみたい。実際これは全くその通りで,medu自身も

○医学部の定員を増やさない限りは、卒業を前倒ししようとも、医師不足の解消は一時的なものにとどまる
(中略)
そもそも、meduの提案は根本的な医師不足の解決法であるとは考えていません。究極的には、医学部の定員を増やしたりすることが避けられないと思います。しかし今から定員を増やしても医師が出てくるのが8年後であって、即効性がある対策とは思えません。今すぐにできることを考えたところ、国家試験を速やかに受験できるようにすることが有効ではないかという結論に達したものです。

と,その限界を認めている。ただ,このmeduの発言の中で,「究極的には、医学部の定員を増やしたりすることが避けられないと思います。しかし今から定員を増やしても医師が出てくるのが8年後であって、即効性がある対策とは思えません。」という意見には賛成できない。以前書いたように,日本ではこれまでおおよそ20年のスパンで医師数が変動しており,現状医学部の定員は削減傾向である。確かにいろいろな意味で定員は減らすより増やす方が容易だろうが,それでもマイナス傾向が来年からいきなり20年前よりプラスになるとは到底考えられない。仮になったとしても,それが意味を持つのは8年後どころか,20年先の話である。今日の医師不足に対して「医学部の定員を増やしたりする」のは,風邪をステロイドで治そうとするようなモノと言えよう。
そもそも医師は不足しているのだろうか?人の記憶とは実に儚いもので,つい数年前まで厚生労働省とマスコミは,手に手を取って医師過剰をアピールしていた。第12回医師の需給に関する検討会資料長谷川委員提出資料に挙げられた大学医局アンケートによれば,1988年には「既に医師過剰現象が深刻化している」という意見,1992年でも「5年後までに深刻化する」という意見が最多*1であった。ところがその4年後には「当分心配する必要がない」が最多となり,2001年に至って遂に「医師過剰ではない」という意見が最多になったのだった。
この資料は更に5大誌*2の記事の集計を続ける。当時,5件に満たない医師不足報道の裏で,医師過剰を主張する記事は400件近くに上っていた。2005年ですら,医師過剰報道は100件を数え,約40件の医師不足記事を大きく上回る。
たった1年で医師過剰が医師不足となるほどの戦争や病が,この国に発生したのだろうか?何かが起きたとすればそれは医師不足ではなく,医師不足だという認識である。医師そのものがいなくなったのではない。身の回りから医師が消えた,あるいは消えていることに気がついたのだ。
かくして問題の本質は医師の絶対数ではなく,医師の配分である。meduがそのタイトルを「当面の医師確保対策(案)について」としたのは,その意味で全く正しい。meduと言えば昨年情報公開法に基づいて医師国家試験問題公開を厚生労働省に求めたことでも話題になったNPO法人である。「医学教育」振興センターと名乗っておられるのだから,今回の活動も単に医師確保というだけでなく,医学教育とりわけ卒前教育にも何らかの影響があると考えておられるのだろう。medu自身も言っている。

meduは4年次終了時に医師国家試験を受験し、5年生、6年生の2年間を現在の初期研修と同じ内容の実習に充てるべきと考えます。ただ、そうしたカリキュラム改革までには相当な時間がかかると見込まれることから、meduはただちに実現しうる提案をおこなったものです。

と。つまり,meduはこの提案によって,5年生,6年生の2年間のカリキュラムに,何らかの変化が起こるだろうと期待しているワケだ。どんな変化が?私にはそちらの方がはるかに興味がある*3

*1:1988年から92年の4年間で,既に深刻化している問題が一旦収束したというのだろうか?

*2:日経・朝日・読売・毎日・産経だそうだが,何順なのだろう?

*3:興味はあるが,希望は持てない。前倒し>基礎医学削減の方向性が強まることも十分予測できる。