続・ハライタの解剖学

さて,昨日の続きである。
Q-tip先生が「体を触りましょう」と題されて,

腹部を毎日触診して、次第にやわらかくなってきていたのに、また堅くなってきたら要注意、と考えることができることでしょう。

と書かれている。これは臨床的にも解剖学的にもまさに至言の一言に尽きるのだが,今回はこれが至言である所以を述べることとしたい。
昨日予告したように,この現象の意味を理解するには「臓側膜・壁側膜」という概念が必須である。そこで今日の問題。

93A-24  腸間膜を有しているのはどれか。
 (1)上行結腸
 (2)下行結腸
 (3)横行結腸
 (4)S状結腸
 (5)下部直腸
  a(1),(2) b(1),(5) c(2),(3) d(3),(4) e(4),(5)

「暗記モノ」と片付けてしまえばそれまでなのだけど,これをどう「理詰め」で解くかというのが,今日の課題である。



さて,まずは大腸(結腸・直腸)のどの部分を何というかが問題だが,これはザウエル先生が既に詳説して下さっているので,繰り返さない。

  1. 小腸はお腹の中(腹腔)全体に広がっているが,グニャグニャしながら右下腹部(盲腸)に向かって進む。
  2. 盲腸から先が結腸で「の」の字を描いている。

ということだけ,とりあえず確認しておこう。
さて,ザウエル先生がおっしゃるように,小腸は5m,大腸だけでも1.5mもあるが,もちろんはじめからこの長さであったわけではない。発生学的には腸管はもともとまっすぐの管であった*1。実際ヤツメウナギの腸はまっすぐだし,魚の腸はz字型である*2。彼らのはらわたのサイズであればそれでもよいのだが,6.5mともなればまっすぐ腹に収まるはずもない。回してみたりグニャグニャ曲げてみたりして何とか詰め込んでいるというのが,我々の腸管の現実である。
とは言え,ヤツメだろうと人間様だろうと,腸管は結局の所1本の管である。その先端が口と肛門であることも何ら変わらない。口は顔の真ん中にあるし,肛門はおしりの真ん中にある。だから,

腸管は頭からおしりまで体の真ん中を結ぶ,1本の線である

と言ってよいだろう。ヒトではそれが「直線」ではないというだけのことだ。当たり前のように思うがしかし,
コレは大いなる矛盾である!
と,いきなり言ってもうなずいてもらえるわけないですね。順を追って説明します。\(__ ) ハンセィ



まずは昨日の復習から。腸には自律神経が伸びていると書いた。では,その神経はどこから来るのか?当然中枢神経系(脳と脊髄)から来るわけだ。では,(今はお腹の話なので脳は置いておいて)脊髄はどこにあるのか?背骨の中にある*3。背骨は当然一番背中側にある。神戸大学寺島俊夫先生の
系統解剖学講義ノート2004第25章 腹膜とその発生
の図1*4を見ていただければ分かるように,その前には血管(大動脈)があり,さらにその前に腹膜がある。だから腹膜は単なる「お腹の膜」ではない!

腹膜はお腹から背中まで腹部全体を包む,1枚の袋である

わけだ。この袋の中の空間を腹膜腔*5といい,腎臓のように腹腔にない臓器(背中側の腹膜の,さらに背中側にある臓器)を「後腹膜器官」と呼んでいる*6
話を元に戻そう。腸管の先端は口と肛門で,これは体の真ん中にある。だから,腸管は本来お腹の真ん中にある。つまりは腹腔にある訳だ。

腹腔は空間だから,そこには本来血管も神経もない

はずである。血管も神経もなければ,どうして腸管が生きながらえることができようか?
コレは大いなる矛盾である!
と言った意味,お分かりいただけただろうか?



もう一度話をまとめよう。

  1. 腸管は本来腹腔の真ん中にあって,実際小腸は腹腔内全体に広がっている。
  2. 一方,血管や神経は腹膜の後側,つまり腹腔外にしか存在しない。
  3. このままでは腸が死んでしまう。

(>。<)困る!(>。<)

この矛盾を解決する手段は一つしかない。すなわち,
腸管も腹膜の後ろに置く
ことである。その為には,背中側の腹膜を腸管ごと前に引っ張ればよい。そうすれば,腸管は引っ張られた膜に包まれることになるし,引っ張られた膜と膜の間*7を血管や神経は通ることができる。この結果,腹膜は3種類に分類できて,

  1. 前に飛び出ていない部分が壁側腹膜

前に飛び出た部分で

  1. 臓器を包んでいるのが臓側腹膜
  2. 壁側腹膜と臓側腹膜の間が間膜

ということになる。空間の側から言えば

腹腔=腹膜腔+{腹膜前器官+(臓側腹膜+間膜)}

ということ*8だ。



さて,やっと問題の解説に入ることができる。
大腸は「の」の字を描いているが,ヒトは2足歩行をする動物である。したがって,地面に対して縦の部分,すなわち上行結腸・下行結腸は,壁側腹膜にくっついていなければならない*9。したがって,(1),(2)はバツ
この時点で(4)マルが確定で,後は(3),(5)の2択である。S状結腸には間膜があると知れたが,ザウエル先生曰く,

左下腹部からS字カーブ、というかとにかくぐにゃぐにゃとカーブするのですが、これをS状結腸と言い、その後直腸となり、おしりに到達します。

だとすれば,S状結腸が間膜を持つのは必然である。なぜなら,腸がグニャグニャするためには,それだけ膜は張り出さなければならない!そしてそれがどこからかまっすぐに肛門に向かうとすれば,そこに膜が「飛び出す」などあり得ない!したがって,(5)はバツ*10ということになる。



さて,正解が分かったところで選択枝全体を検討してみると,もう少し本問の本質が読み取れる。改めて大腸を間膜のありなしを加えて並べてみると,

盲腸(くっつかない)>上行(くっつく)>横行(くっつかない)>下行(くっつく)>S状(くっつかない)>直腸(くっつく)

と交互になっている。
実はこれは至極当然の話である。上行結腸と下行結腸の間に横行結腸があると教科書にはあるが,横行結腸は真横ではない*11から,「方向」や「走行」で横行結腸を定義することは本来不可能である。横行結腸を厳密に定義しようとすれば,言い換えれば横行結腸の両端を特定しようとすれば,「くっついているところとくっついているところの」というしかない。つまりは横行結腸が先にあってそこに間膜があるのではなく,間膜があるところを横行結腸と呼ぶのだ。S状結腸にしたって事情は全く同じで,だから本問は,単に大腸の順番を聞いているに過ぎない問題なのである。



最後に付け加えるが,間膜があるということは「グニャグニャ」する,すなわち「可動性」があるということである。腸が腹腔内に広がったり,「の」の字を描くことができるのも,そもそも間膜があるおかげである。したがって,本問は全く同じ選択枝で

93A-24改1 腹部X線単純撮影について,立位と仰臥位でその位置が異なるのはどれか。
93A-24改2 下部消化管内視鏡検査において検査中に過度の進展がみられるのはどれか。

といった出題も可能である*12。受験生でこんな長文におつきあい頂けている方はまずいらっしゃらないと思うのだが,この種の問題は今時のはやりである。ご参考まで。

*1:ちなみにそのさらに前には肛門がなく,管ではなく袋であった。これを「原腸」という。

*2:すなわち回転していない。腹の中に広がっていないわけで,だから魚は腸を破らずに三枚おろしにできるのだ。

*3:脊椎と脊髄は全く異なる。脊椎はホネである!

*4:以下は全てこの図の説明だと思って下さい。この図はホントーに大事です!

*5:昨日も述べたが,これは腹腔とは似て非なるモノである。

*6:脊髄も大動脈も,だから後腹膜器官だ。

*7:袋を引っ張っているのだから,膜は2層になる。

*8:腹膜前器官という呼び方は,だから本当は間違っている。腹膜の前というのは,あくまでも「壁側腹膜の」ということであって,全ての臓器は腹膜の後ろにあるのである!腹腔には前腹膜器官があるが,腹膜腔には「絶対に」どんな臓器も存在し得ない。「腹腔内器官・腹腔外器官」と呼ぶのがもっとも適切だと思われるが,そう書いてある成書は知る限り存在しない。

*9:くっついていなければ,大腸丸ごと落っこちてしまう!

*10:ご丁寧に「下部」直腸と書いてあるのは,単なるヒントを超えて意味深である。上部直腸は腹腔内にある。少なくともS状結腸との境界部には間膜があることになる。

*11:どころか,後述するように横行結腸は動く!

*12:というより,出題者の意図はむしろこちらだろう。