ハライタの解剖学・完結編

いい加減読者がいるのか不安なこのシリーズであるが,腹部触診の意味について前回触れずに終わってしまったことに気づいたので,追記することにする。
前2回の内容をまとめておくと,

腹膜は

  1. 体壁を包む壁側腹膜と,
  2. 臓器(腸管+肝臓・胆嚢)に向かって出っ張った間膜と,
  3. 間膜の先っちょで臓器を包む臓側腹膜

の3種類に分けられる。

神経は腹膜の裏側しか走行できないが,

  1. 壁側腹膜を走行する神経は体性神経で痛みは体性痛*1
    • 部位がはっきりしていて,持続性
  2. 臓側腹膜を走行する神経は自律神経で痛みは内臓痛
    • 部位が曖昧で,周期性(腸管の動きに呼応)

というのが骨子であった*2
以上を前提に,最初にとりあげた

93B-34 虫垂炎の腹痛について正しいのはどれか。
 (1)心窩部に発生する鈍い周期性疼痛は内臓痛である。
 (2)内臓痛は虫垂内腔の内圧上昇による。
 (3)右下腹部に限局する鋭い持続性疼痛は体性痛である。
 (4)体性痛は虫垂粘膜に限局する炎症による。
 (5)虫垂炎の初期では体性痛が発生する。
  a(1),(2),(3) b(1),(2),(5) c(1),(4),(5) d(2),(3),(4) e(3),(4),(5)

の(4),(5)を考えてみよう。
体性痛が起こるためには,壁側腹膜*3に炎症が波及しなければならない。虫垂粘膜に「限局」している状態では,内臓痛しか起こりようがない。虫垂炎が壁側腹膜に波及すれば立派なパンペリ(汎発性腹膜炎)である。これが「初期」であるハズがない。したがって,(4),(5)はセットでバツということになる。



腹膜と腹痛の関係について一通り説明し終えたところで,Q-tip先生の至言を,改めて考察してみよう。虫垂炎で手術を受けた患者が腹痛を訴えた場合,考えるべきは壁側腹膜の痛みか虫垂の痛みであることは,既に述べた。術後すぐであれば,それこそ「切ったのだから当たり前」であって,どちらもあって当然である。
一般に,腹膜に炎症があった場合,いわゆる腹膜刺激症状が現れる。腹膜に炎症があるわけだから,腹膜を押せば痛むのは当然だし,筋性防御もその反応として理解できるだろう。

腹部を毎日触診して、次第にやわらかくなってきていたのに、また堅くなってきた

という状況は,したがって,
「壁側腹膜の傷はいったん癒えつつあったが,再び炎症が起こった」
という所見に他ならない。「腹膜の炎症」略して腹膜炎であって,

「もう○日たったけど、この患者さんはまだ手術の痛みが続いているんだな」と思っていると、術後の腹膜炎を見逃すことにもなりかねません。

のです!



最後に関連問題を示す。

91B-31 急性虫垂炎でのBlumberg徴候について正しいのはどれか。
 a  初期に陽性となる。
 b 最初に臍周囲が陽性となる。
 c 高齢者では陽性となりやすい。
 d 右側臥位で圧痛が増強する。
 e 炎症が前腹壁腹膜に及ぶと陽性となる。

解説はもはやウザイだけと思われるので省略する。正解はe。「アッペに始まりアッペに終わる」象徴的な問題*4と言えよう。
References

外科医と「盲腸」 (岩波新書)

外科医と「盲腸」 (岩波新書)

国語入試問題必勝法 (講談社文庫)

国語入試問題必勝法 (講談社文庫)

*1:というのは「おおざっぱな理解の仕方」であって,本当は嘘である。例えば十二指腸は後腹膜器官であるが内臓痛を来す。自律神経は壁側腹膜を「通って」臓器に達するので,壁側腹膜にも自律神経は分布している。

*2:では間膜の痛みはどちらになるのかといえば,これは解剖学に残された課題の一つである。関連痛の存在から考えても,どちらの神経も分布していて,互いに連絡していることは間違いないが,その詳細は全く不明である。そもそも自律神経の求心路からして,教科書には全くと言っていいほど記載がない。

*3:少なくとも虫垂間膜

*4:出題の狙いは評価に足るが,試験問題としては感心しない。素人目に見てもaとeは明らかに背反で,正解はこのどちらかである。