CTのある国で

医者ならぬ身であるから,軽々なことを言うのは控えたい。ただ,世界的に見て

CT検査は安全でも安価でもないが,日本は今も昔も突出してCTをよく撮る国である

という事実は指摘しておきたい。もちろん,これらとて既に多くの医師ブロガーが述べられていることではあるのだが,ここでは補足としてその根拠を示す。Matsudaによれば,

日本の人口1,000人あたりの年間X線診断回数は1,477回で、これは各国平均819回を大きく上回ります。47歳の私も、健康診断時に胸部X線と上部消化管造影の2回は必ず受診していますので、この値は現実を反映しているものと思われます。UNSCEARの報告によれば、健康診断の普及のため日本におけるこの2つの検査の頻度は他国よりもかなり高くなっています。これらの検査では被ばく線量は高くないものの、赤色骨髄や肺といった組織荷重係数(放射線感受性)の高い組織が標的器官となりますので、検査頻度が多いことと合わせ、リスク上昇の一因となった可能性があります。
 線量の高いCTスキャンについては、日本の撮影頻度データは得られていないため、本論文では他国の平均データを日本のデータとして流用しています。一方、日本のCTスキャナの台数は他国平均の3.7倍と見積もられているため、仮に撮影頻度も他国の3.7倍多いとすると、X線診断のがん発生への寄与リスクは3.2から4.4まで上昇します。CTスキャナは、現在、大病院のみならず小規模の医療機関にまで普及しつつあります。しかも、先端の核医学診断法であるPET(positron emission tomography)における位置確定のため、今後、CTが用いられる機会はますます増加するものと思われます。したがって、現実、及び将来のX線撮影頻度に関する他国との差は、本論文の結果よりもさらに広がっているものと考えられます。

医師でこれが書かれた背景が分からぬ者はまずいないと思うが,それ以外にご記憶の方はどれほどおられるだろうか?再びMatsudaによれば,

 診断X線被ばくによるがん発生のリスクを推定した論文(Lancet 363:345-351、2004)が、議論を巻き起こしています。新聞でも大きく取り上げられ、話題になりました。簡単に解説してみたいと思います。
(中略)
 結果として、診断放射線被ばくによる75歳までのがん発生に対する寄与リスクは、イギリスの場合0.6、日本の場合3.2、そしてこれらの国を含め、人口1,000人あたりの医師数が1人以上の医療先進国15ヶ国の平均は1.2と推定されています。すなわち、日本の場合ですと、100人のがん発生数のうち3.2人は診断X線被ばくによるものと理解されます。よく行われる診断手法の中では、線量の高くなるCT scanと注腸バリウムの寄与が高くなります。特に年少期のCTスキャンによるリスクは高くなる傾向にあります。

思い出していただけただろうか?この報告はもちろん,医療をする側にも受ける側にも

日本はCTを撮りすぎである

と受け止められたし,そう報道された。「必要のない検査」を批判する声も高まった。だが,逆に外国から

日本ではそんなに簡単にCTを撮れるのか。うらやましい

という感想を持たれても,全く不思議ではないだろう。
「結局どうしろというのだ?」と誰もが思う。もちろん,医者にもそれぞれの考えがあろう。だが,医療はあくまでも社会全体の営みの一部分であって,医者の総和ではない。ある社会でどんな医療が行われるかを決めるのは,最終的には社会そのものしかない。医療が医者を決めるべきで,医者が医療を決めるべきではない*1のだ。
結論は未だ出ていないし,これからも出ないだろう。社会全体がそうであるように,医療も常にその時々の答えで動くしかない。今のところ日本は変らず,いや当時以上に,良くも悪しくも「CTを撮る国」である。
References

  1. 長崎大学先導生命科学研究支援センター FROM NURIC
  2. いやしのつえ Doctor’s Ink(170)「医療者」と「一般人」の悲しき断絶
  3. Half-Boiled Doctor >更新記録 の11/15(Tue)

*1:実際決まりはしない。CTだってあるから撮られるので,なければ撮りようがない。小規模の医療機関にまでCTが普及したのは,CTがないことに決定的なデメリットがあったか,CTがあることにコスト以上のメリットがあったからに他ならない。