鼻のアナ・考
先日の宿題を1つ片付けよう。
先日は,
- 解剖学(形態学)の立場としては「必要性」よりも「必然性」を問題にしたい
- 必然性とは「無から有は生まれない」ということ
の2点を言い放ったところで力尽きてしまったのであった。鼻の構造変化の歴史を追うことで,これらを実証したいというのが,ここでの試みである。
まず脊索動物であるナメクジウオを見てみると,彼らに鼻はなく*1,鼻は脊椎動物に特有の構造と考えられる。そこで例によってヤツメウナギの鼻を見てみる訳だが,彼らの鼻の孔*2は頭の上*3に1つだけ存在する。また,彼らの鼻の孔は,厳密には孔ではなく凹み*4であって,口や腸とは交通しない盲端である。このことから,
鼻は本来呼吸器ではなく,あくまでも感覚器であった
と知れる。
現生するもう1種の無顎類であるメクラウナギはヤツメウナギよりも進化*5しており,鼻は消化器系と交通している。さらに,最初の脊椎動物として知られるSacabamabaspisでは,外鼻孔は頭部前端に2つ*6あるが,頭の前といっても眼よりは上にある。ここで改めてはてなの解答を見てみると,
鼻孔の形成には間脳視床下部にある(脳下垂体)と嗅上皮の関係がや異変重要であるそうです。
まず、ナメクジウオですが、鼻孔を持たないこの動物は下垂体と嗅上皮の切り離しが行われないそうです。
次に、鼻孔が一つだけ形成されるヤツメウナギ(無顎類)では鼻孔が形成された後下垂体から嗅上皮のの切り離しが起こり
それ以外の鼻孔が2つできる脊椎動物では鼻孔が2つになる過程で下垂体から嗅上皮のの切り離しが起こるそうです。
とある。Sacabamabaspisの嗅上皮がどうであったかは,化石しか残っていない今では知るよしもないが,これらの知見から
- 鼻は下垂体(脳)近くに感覚器としてまず形成され
- 次第に口側*7に移動し
- その過程で鼻孔が種によっては2つになっていき
- 種によっては口腔に開口するようになった
というストーリーを想像することは難しくない*8。実際,魚類*9では外鼻孔は2つであるが,消化器系と交通する鼻を持つのは肉鰭類(シーラカンスの仲間)のみ*10である*11。ちなみに,魚類の外鼻孔は両外側に存在する*12が,魚類から哺乳類に至る過程で,外鼻孔はむしろ正中に寄る*13傾向にある。したがって,はてな解答の
例えば、目も耳もふたつから成り立っていますよね。ステレオ方式で立体的に(つまりより現実に近似したかたちで)「他」もしくは「外」を感知し、それを脳において認知するため(というか、そのこと)に効果を発揮しています。
鼻孔の機能においても呼吸という観点からすれば、それは口腔と同様にひとつでも差し障りはありませんが、嗅覚という点からすれば、やはりステレオ様式が必要とされたのでしょう。外部の存在が危険か安全か(あるいは快か不快か)を判断するのに花の孔がふたつある必要があったのでしょう。
という「新説」は一見説得力があるが,系統発生学的にはかなり難がある。
いちゃもんはともかく,こうして我々は鼻の構造を考えるとき,
- 消化器系と交通するか?
- 中でも2つに分かれているのか?
を更に検討しなければならないことに気づいてしまう*14訳である。しかし,ここでは子細は省いて,
ことだけを指摘し,これらの事実から,
感覚器として発生した鼻は,脊椎動物が陸上に上がる過程で,次第に消化呼吸器系との関係を強くしていったが,同時に感覚器系としても進化していった。鼻の穴が2つあるのはその進化過程の反映であって,必要かどうかはともかく,魚類以来の必然である。
ことを確認してまとめとしたい。
References
- 国立科学博物館 大顔展 顔の進化
- 作者: 高橋良
- 出版社/メーカー: 築地書館
- 発売日: 1987/09
- メディア: 単行本
- クリック: 1回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
Functional Anatomy of Vertebrates: An Evolutionary Perspective
- 作者: Lance Grande,Karel F. Liem,Warren F. Walker
- 出版社/メーカー: Brooks/Cole Pub Co
- 発売日: 2000/12/18
- メディア: ハードカバー
- 購入: 1人 クリック: 2回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
*1:したがって,おそらく嗅覚もない。
*2:解剖学では穴は使わず,「孔(こう)」と書く。
*3:ヒトでいえば背中。
*4:解剖学では「窩(か)」。
*5:あくまで「鼻は」である。当然,眼はむしろ退化している。
*6:ヤツメウナギが我々の「直接の」ご先祖様でないことを示す証拠の一つである。もちろん,だからと言ってSacabamabaspisが直接の先祖ということにもならない。
*7:臭いを嗅ぐには鼻孔に水(陸上であれば空気)が入らねばならないが,進行方向に垂直であるよりは水平な方が効率がよい。したがって,口側(下方)というのはおそらく結果に過ぎず,「前側」という方がより本質的だろう。後述する内鼻孔の形成も同様で,消化器系と交通することよりは,孔が2カ所になって鼻孔の水が「流れる」ことの方がより重要だろう。
*8:ここで,「背中から口の間の正中線上に何らかの障害物があって,外鼻孔は2つに分かれざるを得なかった」と考えることもできるだろうが,裏付けとなる知識を持たない。ご助力を請う。
*9:先述のように無顎類は含めない。
*11:ので,肉鰭類を以前は内鼻孔類といった。
*12:言い換えれば,鼻の孔が真横から見える。
*13:おそらく口腔が1つだからだろう。
*14:そしてこれがまた一筋縄ではいかない。例えば,爬虫類では鼻鋤骨器官というフェロモン感知専用の鼻があるが,これは口腔にのみ開口する。
*15:ワニのような水中で生活する動物であれば,このことで鼻の孔が水上にある限り呼吸が保証される。つまり,口蓋の形成は消化器系と呼吸器系の区分けでもある。
*16:これもステレオ様式説が否定的である根拠となる。