頚の骨の数とか

id:namnchichi:20060608#p3

頚の骨は、7つでしたっけ。
まぁ、頚の骨が五つ?って云うのはそんなに悪くない。結構良いセン行ってると思う。そりゃ、正しく言えた方が良いんだろうけど、百個?っていうより大分近いし、一個ですか?とか、クビんとこに骨なんてありましたか?よりかなり増しじゃありませんか。腰の骨の数と混同したんじゃないかな。腰は五つでしたよね。
びっくりするような事じゃないと思うね。
しょうごし先生、どうですか?

びっくりするような事じゃないとnamnchichiさんが言うけれど,二通りの考え方があると思う。一つは
「頚の骨が7つであることを知らない学生」がいたらびっくりするか?
というコトそしてもう一つは
「頚の骨が5つであるヒト」がいたらびっくりするか?
というコト。
前者については,まぁ一応びっくりするようなことではあると思うが,宜なるかなという気もする。元コメントには「4年生になっても」とあるが,むしろ「4年生になったから」なのだろう。それで解剖学の単位が取得できるとは思えない*1。後に残らないような解剖学教育やその学習にも非があるのだろうが,人間使わないことは忘れるモノだ。僭越ながら,カリキュラム上解剖学を学んでから4年生になるまでの間に,すっぽり「頚の骨が7つであるという知識を使わない期間」が存在しているだろうコトを指摘しておきたい。
さて,私自身の興味はむしろ後者である。結論から言えば,「びっくりはするがありえなくもない」と考える。
頚椎が7つなのは哺乳類に特徴的な現象である。それだけよく保存された構造なので*2,確かに胸椎や腰椎に比べれば,その数の変異はかなり稀*3である。
稀ではあるがその数が少なくなるとするとすれば,その原因は大きく2つが考えられるだろう。

  1. 本来頚椎になるはずの骨が頭蓋骨や胸椎になった
  2. 本来2つだったはずの頚椎がくっついて1つになった*4

まず1.について考えてみよう。頚椎(の1番目)が頭蓋骨になる(くっつく)モノを「環椎癒合」といい,胸椎になるモノを「頚肋」*5という。出現率としては前者がおおよそ1%前後,後者は2%程度といわれている。この両者を合併した例の報告はないと思うが,単純に考えて5000人に1人位*6は頚椎が5つのヒトもあってよい*7ことになる。
2.の場合も本質的には環椎癒合と変らない*8。だからあってもいいように思うが,頚部がかなり可動性のある領域だからだろうか,実際にはかなり珍しい。環椎と軸椎(2番目)が癒合してしまえば文字通り「頚が回らない」*9のでこれはおそらく存在しないだろう。軸椎と第3頚椎の癒合は比較的多いらしく,1-3%程度と報告されている。第3頚椎と第4頚椎の癒合した例も存在するらしい。とすれば,第2-4頚椎が一つになることも絶対にないとは言えないのかも知れないが,おそらく「ノーはできるがイエスができない」ヒトになってしまうだろう。ちょっと普通には見られそうもない。
最後に,少し発生学的にも考えてみよう。背骨はもちろん体節から作られる,体節はもともと板状だった胚子がくびれることで作られていくが,物の本によればヒトの体節は最高(第5週末)で42-44分節にまで達する*10という。ヒトの椎骨は31個ということになっているので,椎骨(と頭蓋骨の一部)ではどこかで体節が癒合しているハズである。どこで?
その答えは,実に「全部」である。肋間神経が肋間を走ることからも脊髄神経が体節の神経だということは容易に想像できるが,脊髄神経は椎骨と椎骨の*11から出る。ということはつまり,椎骨は全て上下2つの体節が半分ずつ癒合してできていると考えざるを得ない。ホネ特に背骨というと何となく厳格にできているように思うが,でき方はちっとも厳格でない。むしろ周りに遠慮しつつ何とか辻褄を合わせようとする,健気な調整者をイメージさせる。背骨はきっと,日本人に違いない。

*1:取得できたらできるような教育を行っている大学と担当講座に心底驚く,というか憤慨する。

*2:ある動物化石の頚椎が7つであったとすれば,その化石が哺乳類ないしその直系の祖先であることの有力な証拠となる。

*3:腰椎が仙椎(骨盤)に癒合して4つのヒトは,普通に存在する。というか,私がそうである。

*4:この他に「作られるはずの頚椎が作られなかった」ということも考えられるが,これは骨だけの問題では済まない。詳細は後述。

*5:と言うためには,本当は頚椎と胸椎をどう区別するかという「定義」の問題を考えなければならない,実際,通常頚肋は「第7頚椎が肋骨を持ったもの」と説明される。片方しか肋骨がない場合もある。

*6:どちらかがあるともう一つにもなりやすい(にくい)という相関はないものとして。

*7:こういうことを考えてしまうから,選択式の問題を作るのはキライだ。

*8:端っこか真ん中かという違いに過ぎない。

*9:軸椎の軸(歯突起)は環椎の回転軸になっている。

*10:体節から椎骨が作られる以上,それ以上の椎骨を作ることはできない。上限があるという点で「百個?っていうより大分近い」という意見に賛成である。

*11:これを椎間孔といい,頚椎を見せて横突孔と引っかけさせるのが骨学試験の定番の一つである。これから試験を受ける方は注意されたい。