ハライタの解剖学

久しぶりに「お医者さんごっこ」を楽しんだQ-tip先生のcase reportであったが,今朝方診断が発表された*1
およそ診断と呼べるほどのものは頭に浮かんでいなかったのだが,誘惑(ゆうやく)に負けて答え合わせ。見事に完敗である。いや「卵巣かなぁ」くらいは思ってましたよ,さすがに。でも
後からでは何でも言える!
んですよね。(×_×;)
というわけで言い訳はもうやめにするが,関連痛は解剖学的にもなかなか興味深い問題であるので,少々詳しく述べてみたい。Q-tip先生の

このブログ、若い医師・医学生・看護師の皆さんが見てくださっていると思うので、皆さんの勉強になれば、と思い、

の精神に則り,医師国家試験*2過去問を引き合いに出すことにする。
では,いきなり問題。

93B-34 虫垂炎の腹痛について正しいのはどれか。
 (1)心窩部に発生する鈍い周期性疼痛は内臓痛である。
 (2)内臓痛は虫垂内腔の内圧上昇による。
 (3)右下腹部に限局する鋭い持続性疼痛は体性痛である。
 (4)体性痛は虫垂粘膜に限局する炎症による。
 (5)虫垂炎の初期では体性痛が発生する。
  a(1),(2),(3) b(1),(2),(5) c(1),(4),(5) d(2),(3),(4) e(3),(4),(5)

正直に言って,内臓痛だの体性痛だの,私は学生時代な〜んにも分かっていなかった。ちょっと調べ直してみたところ,「女性の下腹部痛について」に曰く,

●内臓痛性腹痛
差し込むような痛み(周期的、間けつ的)や広範囲の鈍い痛みです。腸管、尿管、卵管などの収縮やぜん動にによるもの、臓側腹膜の伸展によるものなどがあります。
●体性痛性腹痛
痛い個所がはっきり分かり、突き刺すような痛みや持続的な痛みがあります。虫垂炎などの急性腹症によるものが多いです。
●関連痛(放散痛)
内臓痛の強いものに体性痛が加わり、関連痛が生じます。胃かいようや十二指腸かいようなど胃腸から起こるものは胸の奥から背中にかけて痛みが広がり、すい臓からくるものは貫通性の背中の痛みとなり、尿管からくるものは下腹部から大腿部の内側が痛くなり、胆のう・胆管・十二指腸からくるものは右肩から右上腕にかけて痛みが広がります。

実に本問を解くに必要にして十分である。限りなく医学=国試学な私であったから,私の知識もこれマイナスαであったことは言うまでもない*3。(^^ゞ
だからエラそうなことを言えた身ではおよそないのだけど,
「もう少し解剖学的なところもふまえて理解しておくと,憶えなきゃいけないことが減るし,応用も利きますよ
とは,今だから実感をもって言える「知っておきたかったこと」である。



いい加減解説に入ろう。本問は術前を想定しているのだろうが,ここでは虫垂炎の手術を考えてみる。
術後患者が痛みを訴えるのを,ただ「切ったのだから当たり前」と言っているだけではプロらしくない。「どこがどう痛いのか」分かってこそ玄人というものだ。なに,難しいことではない。「どこが痛いか」って,切ったところが痛いわけだ。手術とは要するに腹膜を開けることで,腹膜を切って見える空間が腹腔である*4。空間は切りようがないので,ざっくり言って切った場所は2つしかない。すなわち腹膜と,虫垂そのものだ*5。このとき,

腹膜の痛みが体性痛,虫垂*6の痛みが内臓痛

である。皮膚から腹膜までの痛覚は体性神で,これはシマウマ模様でお馴染みのデルマトームにしたがっている*7。一方,臓器の痛みを伝えるのは自律神経である。迷走神経を考えれば分かるように,こちらの経路は甚だ曖昧である。だから内臓痛は痛む部位も広い*8し,臓器の位置と痛みの部位すらしばしば一致しないのだ。
というわけで,(1),(3)はマル。周期性だの持続性だのが引っかかるが,腸は蠕動運動しているから,それに併せて痛みが増減するのだと考えれば,理解できるだろう。この時点で答えはaと決まるが,蠕動運動で痛むということはその部位が膨らむことで痛むわけだから,(2)もマルでよい*9だろう。



さて,これで一応答えは出たわけだが,ここで次のような疑問が生じる*10

  1. 腹膜が痛いのが体性痛っていうけど,腸って腹膜に包まれてるんじゃなかったっけ?
  2. 曖昧だし部位も一致しないというけど,放散痛ってある程度場所決まってるんじゃなかったっけ?

これらの問題に答えるには,「壁側膜と臓側膜」という概念がもう一つ必要である。これは(4),(5)に×を付けるにも重要*11であるが,余りにも長くなりすぎた。続きは明日にします。

*1:ご連絡ありがとうございました。>Q-tip先生

*2:「この時期これがキーワードにあがると,アクセスが増えるだろう」という下心がミエミエである。(^^ゞ

*3:そして,憶えたことは忘れるものである。「言うまでもない」と言いつつ,どこまで憶えていたかすら,今となってはもう分からない。

*4:これは「腹膜腔」とは似て非なるものなのだが,コレについては後述する。

*5:「皮だって切ってるじゃないか」と言われればまさにその通りで,非常に本質的な突っ込みなのだが,コレも後述。

*6:はもうないので,その切り口というのが正しいが。

*7:というと難しく聞こえるが,何のことはない。「腹を切られて胸を押さえるサムライはいない」というだけのことだ。

*8:痛む範囲が広ければ,痛みは鈍くなる。

*9:もちろん,内圧上昇が唯一の原因ではない。イレウスは内臓痛になるが,内臓痛の全てがイレウスではない。

*10:としたら,そのヒトは超優秀な人である。ホントは。

*11:結論だけ先に書いておけば,「壁側膜の痛みは体性痛,臓側膜の痛みは内臓痛」ということである。